空を悟る者

孫悟空の孫は、単なる苗字であり、それ以上の意味はありません。
名づけの親は須菩提祖師です。
祖師はサルという中国語からとって孫という苗字をつけました。
けものへんを取って孫にするか胡にするかと一度考えて孫にしたのは、弟子を思う気持ちの表現でしょう。
どちらがよいかといえば、古い月の胡より、子孫繁栄の孫を選び、弟子の精進とその後についてを祝っただけのものです。

しかしその名前の悟空についてはとても深い意味があります。物語の中では、

おまえは十番目の弟子だから悟の字を引用して
とありますが、ここに作者の意図があり、
悟の字が十番目でも二十番目でも、
孫悟空の名前が孫悟空になるように、
物語は作られているようです。

なぜなら「悟」とはさとるという意味で、あわせて空を悟ると書き、それが仏教の根本概念だからです。

孫悟空は別名を孫行者(そんぎょうじゃ)ともいいます。
行者とは、宗教的功法によって悟りに到達する道を選んだ人のことを指します。

仏教で悟りを得る道はいろいろありますが、密教においては

  経典(きょうてん)
  功夫(こうふ)
  実学(じつがく)
  秘術(ひじゅつ)

を学び、これらの知識や技術を習得することによって得られた智慧を実践することが修行とされています。

これらを四大法門といって、とくに功夫を最優先に修行する者を行者といいます。

ちなみに経典を優先して学び、そこから悟りへの道を歩むものを研究者といい、人はその人を先生、師匠と呼びます。この物語の中では三蔵の事を指しています。

物語の中で孫悟空は数々の妖怪に勝利することができます。西遊記では仏道 (あるいは単に道) を進むときに遭遇する障害を妖怪という形で表現しています。
功法の実践によって空を悟った者は、修行中におこるいろんな障害を克服する力を持っている、ということです。

その多くの障害の中で、さすがの悟空も手に負えない妖怪も沢山います。
それは、たとえ功法を修め空を悟った者とて乗り越えられない障害もこの世にはたくさんある、ということの示唆でしょう。

物語の中には天帝にさえ手に負えないいろんな障害 (妖怪・怪物・化け物) がどんどん でてきます。

作者は、登場人物を将棋のこまのように配置して、最終的に全員を彼岸に到達させます。

冒頭に書いたようにこの物語はある一人の童話作家の思いつきやイマジネーションによる創作ではなく、作者はただ、その筆を持つ手を物語りにささげており、物語が作者に文章を書かせているかのようです。

ほんとうの作者は、一体誰と言うべきでしょうか。
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by polestar01 | 2005-03-04 01:33 | 登場人物
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