仏教思想と悟空の生い立ち

仏教にはいろんな体系があり、いろんな門があります。
その源流も今ではここだというひと、あそこだというひと、いろいろでわかりません。
しかし「空」という概念は仏教思想史と仏教全門を通し共通の基本概念です。

それを悟るということはどういうことを指すのか、そもそも「空」とは何か。

インド仏教にその説明をたずねたり、チベット仏教のそれを求めたり、多くの求道者たちが空を求め、空を説明しています。

しかしここでは単に、

「すべてのものごとには実体がなく、そのもの、そのことが何であるかは、他のものや他のこととの関係できまる」

と理解する程度にしてください。
この物語を読むために読者が空を悟る必要はありませんし、空を理解する必要もありません。

「そこに空を悟った人がいた」

と、思ってください。

この空というものを悟る、悟った人は、おそらく意識せずに、ごく自然に、自分の知ったとおりに考え、自分の知ったとおりに言い、自分の知ったとおりに行うことのできる人、いうなれば 『普通の人』 でしょう。

これについても、いろんな人のいろんな意見があると思います。
今はただ、悟った人というものがあって、その人は自由闊達である、と理解するだけで良いと思います。
わたしは仏教について語りたいのではなく、この物語を読みたいのです。
この物語を読む上で必要な、最低限の知識としての仏教についてを書いているに過ぎません。

西遊記によれば、
光がさして天地が始まり、そこには

  東勝神州(とうしょうしんしゅう)、
  西牛賀州(せいごかしゅう)、
  南贍部州(なんせんぶしゅう)、
  北倶蘆州(ほくぐるしゅう)

があったとあります。

孫悟空はそのなかの東勝神州の、
傲来国というところの、
花果山という山のてっぺんで生まれています。

東勝神州とは、東にある勝れた(すぐれた)
神の国、(すばらしい世界)という意味です。

州というのは文明という意味も含んでいます。

この名称を風刺も含めて読みますと

東にあって他の国よりも素晴らしいと
自分で思い込んでいる世界、
という意味になり、
中国とその周辺を含んだ文明の事を指します。

傲来国とは傲慢が来る国、
自負心が来る国という意味で中国そのものです。
昔は世界の中心ということでかの国を
中華と呼んでいたことと同じです。

花果山は花が実を結ぶ山という意味で、やれば必ず結果が出るという山のことです。
その山とはどんな山のことでしょうか。
これがおそらく仏教のことでしょう。
このお話しは、そこからスタートして、そこに帰結します。

その山に石が生まれます。
高さは三丈六尺五寸。およそ12メートルです。

天地の始まりからこの石はあって、
日に照らされて太陽の精を吸い、
月に照らされて太陰の精を吸い、
天地の陰陽の精を吸い続け
ほどなくサルが生まれます。

そのサルのことをはじめ物語では石猿といいます。
石とは頑固、へんくつ、あらっぽい、という意味で、洗練されていない人という意味です。
これは人間の本性です。

猿とは、心猿という言葉があるように
こころを示しています。それも獣のような心です。
このことから
洗練されていない人間の本性から
心がうまれるということが読みとれます。
その出生も含めてこれが、物語のテーマとなっています。

のちに石猿こと、本性丸出しの乱暴者は、仲間をみつけて その中で暮らし、みずから美猴王と名乗ります。
うつくしい心を持っている、洗練されていない猿のような人物として、多くの人たちに慕われ、
そこで王様として大切にされます。

美猴王としての寿命は百年も続きました。
ほどなくその段階も卒業に近づく頃、彼は何をしても楽しめなくなり、つぎのステージを求めて旅に出ることになります。
仲間と別れを告げて王位も捨てて、一匹の猿になっていかだに乗って海を渡り、国々をさまよい、師を求めて徘徊します。

それは何の為でしょうか。
その時の猿の心の中には、ただ、このまま生きているのは空しいから、甲斐のある生き方をするために もっと寿命が欲しいということだけでした。
甲斐のある生き方というそのものについては何か具体的なイメージがあったわけではありません。

毎日を勝手きままに生きるだけでは楽しいだけで何もない、やがて来る死を待つばかりで、その死を防ぐ方法を知らない。

ある日突然閻魔大王が来たら、しおしおとついて行くだけで、まったく抵抗ができないことに気がつき、そうならないためにはどうしたらよいかと考えました。
その心配の為に何をしても悲しくなり、心配でたまらなくなったのです。

いろんな生き物ののなかで死なないものは仏と仙人、神様の三種類ということを智慧者から学びます。
神や仏になるというのは高望みだと思った猿は仙人くらいにはなっておきたいと考え、仙人の弟子になるためにその師を求めて旅に出ます。

ところがいい師匠がなかなか見つからず、花果山をはなれて八、九年のころ、ようやく須菩提祖師という名師にめぐり合うことができました。
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by polestar01 | 2005-03-12 22:11 | 登場人物
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